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広島高等裁判所岡山支部 昭和42年(行コ)5号 判決

控訴人(被告) 倉敷労働基準監督署長

訴訟代理人 山田二郎 外三名

被控訴人(原告) 長谷川愛衛

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は一・二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  双方の申立

1  控訴人は主文同旨の判決を求めた。

2  被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

二  双方の主張と証拠関係

当事者双方の主張および証拠の提出・援用・認否は、左記に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人の主張

イ  当審における補充主張

業務上の災害とは、災害が労働者の業務遂行中に生じた(業務遂行性)ものであり、かつその業務内容と事故との間に相当因果関係がある(業務起因性)ことを必須の要件としている。

そして業務遂行性は個別的・具体的な労働関係に対応してその内容を定むべきであり、一般的に労働契約により使用者の命ずる行為およびこれに附随する行為をいい、さらに緊急事態において使用者の命によらない場合でも当該事業の労働者としてこれをなすことが通常期待されるような合理的な行為も業務遂行性を有すると考えられる。

しかし労働者の業務遂行途上のものといえない災害(私的行為中の災害)、または就業時間中に同僚または第三者と業務に関係がない女のことで喧嘩してうけた災害など業務遂行途上の行為といえども業務となんら必然的な関係がない行為による災害は業務遂行性を有しない。

つぎに業務起因性とは、その災害が当該業務に内在している危険の現在化したものであり、当該業務遂行と災害(現実化した危険)との間に相当因果関係(災害の予測性)があるかどうかをいうものである。その危険は業務自体に内在している危険と、業務に通常附随する危険とに分けて考えられている。

しかして、労働者の同僚あるいは第三者との喧嘩は私的行為の極端なものであつて就業時間中または職場内であつても一般に本来の業務およびそれに附随するものでなく、また通常期待される合理的行為でもないから業務遂行性を有しないばかりか、当該業務に内在している危険の現実化したもの(相当因果関係のあるもの)でもないから、業務起因性をも有しない。

ところで本件において亡徳治の行為はいかなる点からみても業務行為といえないばかりか、その業務と被災との間に相当因果関係もない。

ロ  当審における新主張

違法行為の転換の理論により本件不支給決定は適法となる。

或る行政処分に瑕疵があつてもこれを他種の行政処分としてみれば瑕疵がない場合には、それは他種の行政処分としてその効力が維持されるのである。そして瑕疵ある処分は、処分の依拠法条が異なつても、その行政目的・手続・効果が等しいものであれば、その間の転換が容認される。

したがつて本件において、亡徳治の災害が業務上の災害に該当し、本件不支給決定が違法であるとしても、原判決が説示するように「亡徳治の応接態度の不誠実さは、事故発生につき重大な過失と考えて、これを政府において裁量により保険給付をしないための理由となる」ところ、本件災害は亡徳治が喧嘩を敢えて買つて出た故意にも比すべき重大な過失によつて負傷したいわゆる自損行為であり、結局保険給付を支給すべきでない場合に該当する。

災害が業務上の災害に該当しないとして不支給決定をする場合と、労働者災害補償保険法第一九条にもとづき不支給決定をする場合とは、その依拠法条は異なるが、その行政目的・手続・効果を全く等しくするものであるから、本件については処分の転換が許される場合であり、仮に業務上の災害に該当しないという理由による不支給決定が違法であるとしても、処分の転換により労働者災害補償保険法第一九条に照らして本件不支給決定は結局適法となる。

2  被控訴人の当審における補充主張

木村和義は就職を亡徳治に直接依頼したのでなく、現場監督に就職希望の伝言を依頼したのであつて、亡徳治は使用者の代理として応接したのであるから、右就職依頼は純然たる個人関係でなく業務に附随する行為である。そして亡徳治が木村に呼ばれて仕事場の屋根から降りたのは喧嘩のためでなく、さきの就職の話の続きと思つて降りて行つたのである。したがつて亡徳治の右行動は使用者の意思に反したものでなく、業務遂行のためのものであるから、災害と業務との間に相当因果関係がある。また木村の行為は一方的な暴行であつていわゆる私闘ではない。

理由

一  被控訴人主張の請求原因(一)記載の事実のうち、その主張の日に被控訴人が労働保険審査会に再審査請求をし、同審査会より裁決書の謄本の送付を受けた事実は成立に争いがない甲第三号証および弁論の全趣旨によつて認められ、その余の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで亡徳治の死亡が業務上の災害にあたるかどうかを検討する。

いずれも成立に争いがない甲第一号証、第四号証の一・二、乙第一ないし第三号証、原審における証人大水清、同平元藤一、同武内鶴志、同木村和義、同中田初義の各証言および弁論の全趣旨を綜合すると、以下の各事実が認められる。

1  大工木村和義は昭和三七年九月二九日の朝倉敷市中庄団地で偶然以前一緒に働いていた大工畑和勝と会い、両名は同市粒江の大工武内鶴志方に行つた。木村と畑は武内に対し適当な仕事先がないかと相談し、武内は冷酒を出し、これを飲みながら右相談にのり「家の近くに藤木工務店の作業現場があるから、そこかまたは紡績の方にも現場があるのでその仕事現場に行つて頼んでみよう」と答えた。そして木村は武内方で昼頃まで冷酒約四合飲み、武内につれられて畑とともに同日午後一時頃藤木工務店現場監督吉田某が働いている同市浦田一六七七番地の藤木工務店建築工事現場に行つた。

2  右現場は藤木工務店が味野豊から請負つた側壁をブロツクとし、屋根を鉄筋コンクリート造とする住宅新築工事現場で、同工務店はその大工作業を三浦組こと三浦三郎に下請させ、同組では大工世話役中田初義の下で亡徳治(昭和六年一〇月一五日生)、大水清、平元藤一の三名の大工が右住宅一階の屋根の上にあがつて板張りの仕事をしていた。右現場の三浦組の責任者は中田であるが、同人を除き同組で勤務年数の長い者は大水ついで亡徳治であつた。そして木村らが右現場にきたとき、世話役の中田はおらず、右三名の大工のみが一階屋根の上で右大工仕事をしていた。

右屋根部分には県道から幅三尺位の桟橋をかけ、これを昇つて屋根に上れる足場ができていたが、右現場周囲および右足場にはなんらの障壁・囲もなく、外部から自由に出入できるようになつていた。

3  右現場には現場監督吉田がきていなかつたので、木村は以前一緒に三浦組で働いていた亡徳治や平元らに時候の挨拶をし、右屋根の上で梁の間の寸法を測り板を打ちつけていた亡徳治の傍にかがみこんで、一・二ケ所所携のスケールで梁の検尺をして同人が釘を打ち易いように板の片方を押えるなどの手伝いをしながら「中田が帰つてきたら、藤木で働けるように就職を頼みにきたと伝えてくれ」といつて伝言を依頼した。ついで木村は既に構築されている仮枠の梁の間隔を測つて亡徳治にその寸法が広すぎると指摘してから、前示桟橋を下に向けて降りかけていたところ、亡徳治が木村に対し「もとおりもせんのに」(「仕事ができもしないのに」という意味)と言つたので、木村はこれを聞きとがめたが、そのまま下の県道のところまで降りた。

4  そこで木村は亡徳治を謝罪させるため、畑に対し「長谷川がおかしなことを言つたから呼んできてくれ、話をしたるけん」と言つたが、畑はもし亡徳治を呼んで喧嘩になつてはいけないと考えてこれを止めたが、木村は「言うだけは言つて話をつけておいてやらんといけん」と言つて亡徳治を降りてくるように呼ぶと、同人がすぐ降りてきて、右足場の東外れの川の向い側の県道上で木村と向い会つた。木村が亡徳治に対し「お前さつきいらんことを言つたのを」と言うと、亡徳治が返事もせずにただにやにや笑つているので、傍にいた武内はこのままでは木村が暴力を振うかも判らないと考え、亡徳治の肩をつきながら「お前笑うばかりせずに断りをせにやいけまいが」と繰返し言つて謝罪するようにすすめたが、亡徳治がなんらの応答もせず、ただにやにや笑みを浮べいかにも木村を馬鹿にしたような態度を示すので、木村は自分を嘲笑しているものと考え、憤激の余り突如手拳で亡徳治の顔面を突き、同人の左腰から玄能を右手でとり、これで同人の左頭部を殴打した。

5  その後右両名は仲直りし、亡徳治も屋根に上つて作業を続けた。まもなく現場監督吉田がきたので武内は木村らの就職を依頼したが、人手が足りているということで断られた。

以上の各事実が認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右事実によれば、亡徳治は木村に仕事の一部を手伝つてもらつたものの、その作業内容を批判するような言動を示されたので、木村に対し仕事もできないものが何をいうかという趣旨の侮蔑的な言辞を述べて木村を立腹させ、木村の呼びかけに応じて屋根の作業現場から下の県道まで降りてきて、立腹している木村に対しなんらの謝罪もせず、かえつて木村を嘲笑するような態度でにやにや笑みを浮べて木村を挑発したので、木村は憤激の余り前示暴力を振うようになつたことが認められる。

三  或る災害が業務上と認められるためには、それが業務遂行中に業務に起因して発生したものであることを要すると解すべきである。もつとも業務遂行中とは労働者が使用者の従属関係にあることを意味し、業務に起因するとは、それが業務を原因として生じた災害で業務と事故との間に相当の因果関係が存する場合をいうのであるから、業務上の災害とは使用従属関係のもとにある労働者が、その業務に起因して被つた災害によるものと認められる場合をいうのである。そして業務遂行中に生じた災害は業務に起因するものと推定せられるが、被災者の積極的な私的行為や恣意的行為によつて災害を招いた場合には、これらは私的行為・恣意的行為による災害として除外され、さらに第三者の暴行による災害は、他人の故意に起因するものとして一般的に業務に起因するものとはいい難いが、被災者の職務の性格や内容などを考慮し、加害行為が明らかに業務と相当因果関係にあると認められる場合に限り、その災害は業務上のものというべきである。

これを本件についてみると、前掲認定によつて明らかなように、本件災害は亡徳治が木村に対し侮蔑的言辞を述べ、さらに同人の呼びかけに応じて県道上まで降りてきて嘲笑的態度をとり同人の暴力を挑発させたことに起因するものであるところ、亡徳治のかかる行為はいかなる点からみてもその本来の業務に含まれないことは勿論、それに必然的に随伴または関連する行為でもなく、また業務妨害者に対し退去を求めるための必要的行為と解し得る余地も存しない。

したがつて亡徳治の災害は、その使用従属関係の下におきたものであるが、業務と関連がない同人の私的行為または挑発的な恣意的行為によつて自ら招いた災害というべきであつて、その死亡と業務との間には相当因果関係がなく、これを業務上の死亡と解し難いものといわなければならない。

してみると亡徳治の死亡が業務上のものであることを前提とする被控訴人の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

四  そうすると被控訴人の本訴請求は棄却すべく、本訴請求を認容した原判決は失当であるからこれを取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条・第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋正男 中原恒雄 西内英二)

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